毎日書いたから文章が上手くなるわけではない~テーマ設定とボリュームの問題~
毎日書いたら文章が上手くなる。
そう思っていた時期が私にもあった。信じたい気持ちは今でもある。
しかし、残念ながら、文章力はまったく向上していない。むしろ下がっている。文章の構成や表現を考えず、勢いで流して書く癖がついただけだ。
納得できるテーマで書けているか
文章力は評価基準がないため、個々人の感覚でしか推し量れない。個人的には、まず自身が納得できるテーマで書けた「一定期間の作成本数」で決まると思う。
定期的に作成するには、それだけテーマを考える必要がある。外部の情報だったり、個人の体験だったり、ヒントになる材料を揃えることも重要だ。まわりから提供されることはなく、自分で取りに行く。
気が向いたときだけ作成するのであれば、まったく問題ない。日々起こった出来事を綴る場合も同様である。ただ、テーマを設定するには、行動と思索が必要不可欠だ。
調べるにしても、話を聞くにしても、労力、時間、費用の支出が伴う。それだけに対価がなければ続かない。その一つが納得する文章、つまり自己満足だ。
そういった意味では、仕事の方がある程度の方向性が決まっている分、楽なのかもしれない。テーマを自由に設定できるブログやnoteの方が、個人的には難しさを感じている。
論理展開と分かりやすい文章に必要なこと
文章力を判断するうえで、文字数も目安になる。
当然のことながら、漫然と書いた冗長な「ただ文字数を稼ぐ」文章と、論理展開と分かりやすさを考えた「価値のある」文章は大きく異なる。後者の文章をいかに多く、短時間で書けるかがライターの力量になるだろう。
その実現に必要なことは、テーマ選定と情報収集、それに推敲だ。
一定の情報があれば、文章のボリュームは確保できる。分かりやすく伝える文章表現と、最後まで読んでもらえる論理展開には必ず推敲が求められる。
注意したいポイントは、以下のとおりだ。
・引き込まれる書き出しになっているか
・テーマや結論を早い段階で出せているか
・事実と意見が混在していないか
・原因と結果、データと傾向、背景と仮説など、片方が抜けていないか
・主語が分からない文章になっていないか
・体言止め、接続詞を多用していないか
当たり前のことばかりだが、時間がないときこそいい加減になる。短時間で書こうとするほど、抜け漏れが多くなる。
対策として、作成時間のなかに推敲の工程を入れることをおすすめしたい。事前にスケジュールに組み込めば、気持ちに多少なりとも余裕が出てくる。
文章と向き合う機会を放棄しない
推敲がなければ、文章の練度は上がらない。自分の文章と向き合う機会を放棄しているようなものだ。実にもったいない。
第三者から指摘されることもあるだろう。自分なりに頑張って書いた文章に対して、素直に受け止められるとは限らない。感覚的な指摘で、理由も不明瞭な場合、納得できないまま渋々直すことになる。
ときには割り切ることも必要だ。しかし、妥協が続けば、こだわりもなくなる。「まあこんなもんだろ」と思って、だんだん腐って、手癖と惰性で書くことが常態化する。
それが現在の私である。
毎日書くにしても、目指している人の文体を真似てみたり、文章表現に関する本で紹介されている方法を試してみたり、時間・テーマ・文字数などの条件を決めて書いてみたりと、少なくとも何かしら目的を決めなければレベルアップは見込めない。
自戒を込めて、思っているところを書いてみた。
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