想定外の手戻りが発生したとき、ストレスを感じる

想定外の手戻りや業務の追加が発生したとき、胸が苦しくなる。明らかにストレスである。
着手する前に要件を確認して取りかかっても、高確率で手戻りが発生する。少しずつ慣れてきたものの、快く受け入れられていない。

「それなら始める前に言ってほしい」という気持ちでいっぱいなのだが、そうはいかない事情もあるようだ。
理由は制作物という「カタチ」があってこそ、議論が活発になるものだった。
試作、たたき台、原案、討議資料などの大枠がなければ、定義のすり合わせや方向修正ができないという。

 

たしかに一理ある。ある目的のために「いいものをつくりたい」といっても、比較対象や見本がなければ、関係者間でイメージにズレが生じるだろう。
そのために精を出すことに意味がある。そういった仕事も、世の中にはあることを知った。

短期間、ほぼ自己完結型の仕事ばかりしていた私にとって、手戻りありきの業務は、新鮮ながら違和感にも近い気持ちが起こっている。
方向性や定義がある程度決まっていれば、関係者に課せられる手間は減るのではないだろうか。

そういう疑問が自分の中でわきながらも、「いいものをつくりたい」という漠然とした目標に対して、解決案を提示するところにクリエイターの価値があることも理解してきた。

 

なるべく時間をかけずに、最大の成果を出すことに力を注いできた。しかし、こういう姿勢が自身の成長を止めているのかもしれない。
転職後、会社の考え方になかなか馴染めないことに息苦しささえ感じている。