【読書】〆切本
やるべきことは分かっているのに、どうしても記事が書けないときがあります。
締切が迫っているのに、やるべきことが多すぎて、無駄に時間が過ぎていくのが常です。
「もうダメだ」
そう思っていても、なぜか毎回間に合ってしまう。
焦る原因である締切(期限)が、ときに原動力として後押ししてくれるからだと思っています。
記事や原稿に限ったことではなく、誰にでも身に覚えのある話ではないでしょうか。
それは「大家」「文豪」「天才」と呼ばれる人たちも同じだったようです。
裏側とも言うべき締切の苦悩をまとめた本が、『〆切本』(左右社発行)です。
表紙の帯を見てもらってわかるとおり、94篇のなかには、夏目漱石、谷崎潤一郎、川端康成、太宰治なども掲載されています。
『三国志』や『宮本武蔵』で有名な作家・吉川英治氏も
どうしても書けない 君の多年に亙(わた)る誠意と 個人的なぼくのべんたつやら 何やら あらゆる好意に対しては おわびすべき辞(ことば)がないけれど かんにんしてくれ給へ どうしても書けないんだ
(手紙 昭和二十六年)
として、「構想も用意もできない」心境を綴っています。
誰にでも書けないときがあることに、一種の安心感さえ得られます。
時間との戦い
切羽詰まった締切直前の状況が、通常以上の力を発揮することも多々あるようです。
そのことを教えてくれるのが、藤子不二雄A氏の『まんが道』(中公文庫発行)です。
〆切本に載っている話は「解放感」(中公文庫11巻掲載)。
別冊64ページを仕上げるべく、満賀道雄(藤子不二雄A)と才野茂(藤子・F・不二雄)が残り6ページを描き上げる場面です。
二人の後ろで待機する編集者が
「印刷所の人も徹夜体制できみたちの原稿がはいるのを待っているんだよ!」
「きみたちが原稿おくらしたことで いかにいろんな人に迷惑をかけたかよく考えたまえ!」
とプレッシャーをかけてきます。
時計の刻む音に追われながら、丸3日寝ていない状態で睡魔に襲われながらも、どうにか描き上げた二人。
編集者を見送った後、朝日を浴びながら、二人で語り合うシーンが印象的です。
才野「しかし あの別冊64ページを描きおえたなんて夢のようだなあ」
満賀「ああ ほんとになあ おれは途中でもしかしたら でき上がらないんじゃないかと思っていたんだ」
才野「おれもそうさ!でも締め切りにはおくれたけど 最後まで描きおえてよかったよ…」
満賀「うん!今度の仕事はくるしかったけど やればやれるという自信がついたな!」
大きな仕事を受けてしまったが故に、苦しい目に合うものの、自信と経験を得る。
描いた後には、編集、印刷、配送と、関連する人たちが大勢いることを改めて知ったと思います。
(ネタばれになりますが、締切に間に合わず、連載原稿をいくつか落としてしまい、信頼を失ってしまう話もあります)
「罐詰病」の症状
締切を守ることは大前提ながら、追い詰められた状態でなければ、力が出せない。
そういった状況を、作家の井上ひさし氏は「罐詰体質」「罐詰病」と呼んでいました。
- 1期(依頼を受ける)=異常な興奮を伴った躁状態
- 2期(締切が接近する)=異常な睡眠をむさぼる
- 3期(締切が切迫する)=異常なほどの放浪癖が目立つ
- 4期(締切がくる)=自信喪失
- 末期=ホテルや会議室に収容され、自力で立ち直る
がいつもの症状だそうです。
自力で立ち直るところに、妙な納得感があります。
この〆切本は、追い詰められた悶絶だけを取り上げているわけではありません。
「〆切なんかこわくない」「〆切の効用・効果」といった章もあります。
やはり、心身ともに負担を少なくするには、余裕のあるスケジュールを組んだ方が良さそうです。
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